日々のメモ

2024年5月の投稿25件]

Pixel6の挙動が限界感あるので9はやく…!
世の中には席が足りていない
ちなみに一昨日の朝も席を譲りました
ちなみに譲って席立って「ありがとうね」って言われたときになんか気の利いたこと言えたら良いんだけど、あんまり目も合わせずに「あ、いえ、、、」みたいな感じだし、立ってた女の人に空席勧められたときもヘラヘラしながら「あ、いえ、どぞ、、、いやいや、、、へへっ」みたいな感じで締まらないが、これはもう今更どうなるものでもないので半ば諦めている。
ちなみに今日はいまさっきおばあさんに席を譲った。自分はおばあさんの正面に立ってて、途中の駅でおばあさんの隣が空いた。その席の前に立ってた女の人は譲ったシーンを見ており、ぼくにどうぞと勧めてくれ、おばあさんも手招きしていたが、いやいやどうぞみたいな女の人との譲り合いみたいになって、結局自分が座った。おばあさんは途中の駅で降りたが、降りぎわにほぼ満タンの状態のミルク飴の袋を「これあげる」ってくれた。
これは四日前の話。
電車座ってて、目の前に立つ女の人が次の駅が近づいてきてAirPods的なイヤホンしまおうとしたときに片方落として座席の下辺りに転がっていった。女の人はすぐにかがんで探しているがなかなか見つからないようで、スマホのライトつけ始めた。自分と隣の女性の人とかも立ち上がってかがみ込んで探し始めて、そうこうしてるうちに駅についてその人は降りなきゃってなって、諦めかけたときに正面にいたおじさんが「あった!」って見つけて、自分は降りようとする女の人に「あったって!」っていって、おじさんが渡して、「ありがとうございます!」って降りていった。その後、何事もなく席に戻る面々。束の間のチームプレーだった。
持論です
自己肯定感は何かで急激に上がるのではなく、日々の善行の積み重ねで形成される。またはそのほうが強度が高い。という論
信念と熱さを持ったしっかりした主人公サイドと、その上を行く歪んだ信念を持つ狡猾なヴィランのやり取りが見たい。あと死んだと思って死んでないのの多発嫌なのと、シーズン最終話で締まらないのも嫌。
アンブレラ・アカデミーのシーズン1を観た。微妙。設定的にも精神的に未熟のまま育てられたヒーロー達だからってのもあるかもだけど、信念なきまま感情で行動してヘマする感じがじれったい。
最初は手動でやって臨機応変に変えつつ、形ができてきて続ける必要があるとわかってきたところで自動化・システム化するのが良い派
あとは感情の話なのか、法律の話なのか、みたいなところも合わせて話さないと別の話をしているだけ。
転売の話は、いろいろなシーンを一緒くたにして転売というくくりで語るので、否定派は否定しやすい部分を、肯定派は肯定しやすい部分をもって戦うので話がまとまらない。
ここは良くないね、これは悪くないね、である程度共通意見な部分もあるはず。本当に議論すべきはそれでも意見が割れるところ。
ジェイミー対策。クソ有益。
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Googleアナリティクスのクロスドメイントラッキングは、あなたが期待しているものとは違うかもしれない
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パーフェクトデイズを見よう
もう金持ちやイタリア人がサイゼリヤに驚くのと、金持ちが100円ショップに驚くのは十分です!
何か意見を言い合ってるときに「人それぞれ」って言ったらおしまいっつうかつまらないなあと思う。その前提の上で、意見をぶつけているわけで。それが楽しいわけで。寛大な顔して勝手に閉じないでくれよ、と。とくにリアルであったわけではなく、ネットで意見交わしてる人のこと見に行くと、これで終わらせようとする流れを稀によく見るので
代替のきかない強烈な個によって成り立つ、というものはいろいろなところであり得る。属人化やめよう、仕組みをつくろう、は目指すこととしてはその通りだが、そうはならないこともある。
アベマのニュースは平石さんの後を継ぐ人が大変そう。あの進行能力は凄い。補足としての端的な要約、ズレた回答への軌道修正、進行役としていろいろな人に振りつつ時折自分も強く意見を言う、場を和ますユーモア。
左右分離したキーボードはホームポジションの練習にちょうど良いのだろうか
キーボード上部に横長の細い小さいディスプレイがあって、そこでタイピングゲームがいつでもすぐできる機能のついたキーボードがほしい
芍薬の花はなかなか迫力がある。丸いつぼみの状態から咲いた時の変化は凄い。
弁護士のYoutuberの人、本業の話なら良かったのに関係ないネットで拾ってきたような浅い情報を解説し始めて、なんか一線を超えてきた感じがする