何かが無駄だと言うその先にあるもの

2019/04/01


例えばやることが目的となっている形骸化された定例の会議があるとして、何も考えずに続けるか、これは良くないと思えるかどうかに1つ目の壁がある。これを良くないと思った時、無駄だ無くせと言うのは比較的簡単。実際に無くせば良いものもあるだろうし、その場合においてはそれが正解になる。

しかし、本来その会議でやろうとしていた目的が、それを無くすことで達成できなくなることがある。その場合は、改善案を考える必要があり、これは2つ目の壁だと思う。無駄だ無くせまでを言えても、その先がないことは多い。また、べき論や概念的な提案はできても、「どういう周期で、どのメンバーで、何時間、何のテーマで話すべき」という具体的なところまで落とすのはこれまた大変。(ある程度の論理性があれば、あとはとりあえずやってみれば良いのだけど)

と、今日思った。


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